天空のおやきって聞いたことありますか?
皆野町にはたくさんの素敵な山里があるんですが、その中でも一番高い所にある立沢という山里を昨日伺いました。
新井金作さんと知り合ったのはもう3年以上前かと思います。
「何だかいかにも秩父げなオヤジだなあ」
ある研修宴会の幹事だった新井さんと打ち合わせている内、
「ところで、あんたはどこから通ってるん?」(秩父の方は必ず相手がどこの出身か尋ねます)
「私は、半分秩父なんですよ」
「半分???」(これは私の作戦で常にこう答えます。)
「ええ、母方が秩父で、おやじは秩父じゃないんですが、秩父セメントに勤めてたんです。姉貴は秩父生まれですよ」
「そうかい、そうかい。」(これでお友だちです)
どこの田舎もそうですが、同郷のよしみと言いますか、こうなると信頼度がぐっと増すわけです。
この新井さん、その立沢が限界集落などというありがたくないレッテルを貼られた故郷に住んでいる人たちが、もっと生きがいをもって暮らせる地にしたい、山里から便利な街に出ていった若者に戻ってもらいたい、という強い思いと、それにはここの素晴らしさをわかってもらえる人にたくさん訪問してもらおう、という非常に大義な取り組みを地域の仲間とともにやっている、立派な方です。それはお話を伺って感動しました。
天空の里(立沢)で作ったおやきを関越サービスエリアに行って秩父弁で販売してきっかけを作り、「何にもない所ですが、こんなにいい山里です」とびらを渡して草の根運動、いまや毎日のように都会の人が遊びに来るようになりました。
そのおもてなし役は70歳以上のじいちゃんばあちゃんが主役です。
「はあ、よくこんな山の上へ来てくれて、若えもんが来てありがたいこって、この度はお世話になります」と、尋ねた私に大正6年生まれの新井さんのお母さんがごあいさつ。
まるで、秩父音頭を唄っているようです。「Deepだなあ・・・」
それから出てくるわ、ばあちゃん攻撃!
お茶と茶菓子は当たり前、生姜の煮付け(これがすごいうまい!)、天空のおやき(中に杓子菜が入ってます)と、私が新井さんと話している間に5回はお茶を入れに来てくれて、「こうやって人が尋ねてくれるので、ぼけないでいられて、本当にありがたいこってす」「病院には三週間に一度通っているが、巡回のバスがここまで来るのでありがたい」とかその都度、お話があります。
こんなふうに、ここを尋ねた人たちは、こんなばあちゃんたちとふれあいながら、おいしい空気と素敵な景色(山間からドカーンと武甲山が望めます)、おいしいお茶とお菓子や手作り料理をつまみながら、時に畑でふれあい農体験したり、おしゃべりしたりすると、日本人って素晴らしいなあ、とか考えちゃうわけです。
これって都会に暮らす人たちには決して味わえない幸せですよね。
でも、ずっとそこに住んでいるといつしかその魅力を感じなくなってしまいます。
だから、よその人に来てもらって、語らいがあって、また魅力を再認識できる、若い人たちが少しの間でも来るなら、また張り合いも出る、都会の人は何だか安らぎを感じられる、お互いにしっかり役割を果たせるわけです。
いこいの村は今後、この立沢の皆さんと一緒に、体験プランを始める予定です。
「秩父にゃ何にもねえかんなあ。」と言う秩父の人や全国の田舎の人に問いたい。
「灯台下暗しってことわざご存知ですか?」